松山城(まつやまじょう)【愛媛県松山市】
松山市内の勝山(標高132メートル)の山頂に天守を置く平山城で日本100城の一つです。また江戸時代以前より現存する「現存12天守」のひとつになります。
天守閣を含む21棟が重要文化財に指定されています。
現在は、松山城公園となりロープウェイとリストが設置され、気軽に天守閣まで行くことができます。天守閣は有料となりますが、天守から松山市内を一望することができます。
また松山城は、全国に11城あるため「伊予松山城」と呼ばれることもあります。
バスツアーで行かれる場合は、バス駐車場からロープウェイ・リフト乗り場まで離れているため帰りは迷わない方に気をつけてください。
【松山城について】
慶長7年(1602年)に、賤ヶ岳の戦いの秀吉方の七将加藤嘉明(かとうよしあき)が20万石で藩を起こし、築城を開始しされ四半世紀をかけて完成しています。
加藤嘉明は、幕府により会津藩へ国替えとなり、蒲生忠知(がもうただとも)が藩主になりました。しかし参勤交代の途中で亡くなり跡継ぎがいないため蒲生家は断絶となりました。
寛永12年(1635年)に徳川家康の甥にあたる松平定行(まつだいらさだゆき)が藩主となり、明治維新まで松平家が治めました。また天守閣は、松平定行によって五重から三重に改築されました。
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